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年の瀬に。

| コメント(2) | 09年12月24日

 

年の瀬、街もなんとなく、そわそわしているように感じます。

 

この時期に、鼻からつめたい空気を一杯に吸い込んで、身体の隅々まで、その冷たい空気が流れ込んでくると、身体が内側からぽかぽかあったかくなるような感じがします。きっと内臓が冷やされてたまるかいと思ってがんばるからなのかもしれないですね。

 

自分の意識とは別のところに、命というのはあるんだなぁとこういうときにふと感じることがあります。

 

さてこの時期になりますと、お別れの挨拶が、「さようなら」から「よいおとしを」に変わります。自分で、そういう挨拶をしているとふと、別れるときに次に、この人とは、いつ会うんだろうということを考えてる自分に気づかされます。いつもはそんなこと考えないのですが、この時期だけは、すこし相手に置く意識が特別な気がします。

 

よいおとしを。

 

そこには、いつもよりもすこし多くの感謝の気持ちが込められている気がします。この時期の特別な挨拶と、その心持ちになんか、やはり日本のこういう文化はいいなぁと思いました。

 

さて今年はあと何人によいおとしを、というのでしょうか。

 

みなさま今年もお世話になりました。

来年もよろしくお願いいたします。

 

よいおとしを。

 

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brain

| コメント(2) | 09年12月04日

 

ダライラマと対談をしたことのある方と話をする機会があり、その中で印象的だったエピソードとして、その方が教えてくれた話があります。

ダライラマに、その人がこう質問したそうです。

いままでたくさんの決断をされてきて、なかには苦渋の決断もたくさんあったでしょう。そのなかで猊下は、物事を決断する時に一番大切にされているとこはなんですか?なにか啓示みたいなひらめきみたいなものがあったりするんですか?

と聞いたそうです。

そしたらダライラマは、一言

brain

といったそうです。

この話を少し前に聞いた時には、なるほどな、としか思わなかったんだけど。昨日そのこと思い返してふと思ったのですが、

まさにそれはbuddism is being not only doing を実践しているということなのかもしれない。

自分の中に仏教が根付いていれば、自分の考えること、脳みそのはじき出したことで物事を決めればいいということなんじゃないかと思う。解釈に危険性はあるけど、でもいま、なんかその意味が少しわかる気がします。

仏教を心に落としておけば、それは何をしても仏教になるけど、心に落ちていなければそれはなにをしても仏教にはならないということなのかもしれません。

自灯明・法灯明ということの意味もそこにつながってくるんだろうと思います。

どんなりっぱなことをしていても、どんなに知識や教学に詳しくても、大事なのは自分の心がどうあるかということで、いまの自分の状況をしっかりと穏やかにに保っておけるかどうかが大事で、その状態を保っておけるのであれば、あなたはなにをしていても仏教徒だよということなのかもしれません。

いつも24時間じゃなくてもそれを保つためのなにかに、お念仏でも、座禅でもなんでもいいけれど、仏教をちゃんと自分の中に落としておくことが大事だという意味なのかもしれません。

少しづつだけど、時間をかけていろんなものがじわじわと結びついてきたような気がします。

進むべき道というのは、迷ってるうちはどこに進んでも同じなのかもしれない、正解の道なんてのは本当はなくて、逆を返せばどの道も正解になりのかもしれないですね。

 

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