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智慧

| 09年09月17日

もしいま自分が突然。

「おいそこの死にかけたおじさん」

と言われたら。むかっとすると思います。

 

でもよく見てみれば、それは全部事実なわけで。生きている以上、死にかけてない人なんていないし、自分はもうお兄さんというほどでもないですし。

 

でもそれにむかっとするということは、

 

自分は死にかけてないし、おじさんでもないと思いこんでいるからなんだと思います。

この思い込みを、仏陀は妄想と呼んで、そこでむかっとする気持ちを苦しみと呼びました。そして、その苦しみを解消するために、物事を正しく受け止めて、事実を正しく見なさいと説くわけです。その物事を正しく見ることを智慧という言葉で説きました。

 

むかっ。とか、イラっとか。

 

その理由を、よくよく目を凝らしたらけっこう言われんでもないなと思うことは多々あるし、結構事実だったりすることはあります。

 

今に目を凝らしてみると、けっこういろんなもんが落ちてるもんで、自分の疑問に思っているすべての答えは目の前にあるのかもしれません。

 

阿弥陀経の中には、「今現在説法」という言葉があります。これは今この瞬間にも説法は満たされているという意味で了解してもいいじゃないかと思います。「摂取不捨」というのも同じで、捨てるもんなんてなにもないと了解してもいいんじゃないかと思います。

 

こう書いていますと、ほんとうに自分はつくづく浄土系だなと思います・・・

 

 

 

コメント(2)

遠藤 正樹 | 2009年9月24日 16:33

秋分のご講和興味深く拝聴させて頂き有難うございました。先祖に感謝し今こうして生かされている自分の生を大切だと思い到って始めて人の生を大切に思えるとのくだりがとても良かったと思います。寂円寺に集う沢山の人々と献花を見て、此処を心の拠り所と定めた大勢の人々がいるのだなとつくづく感じました。ご講和にも有ったかと思いますが、次へ次へと伝えて頂きたい寂円寺の持ち味、それは力みの無い、普通の、素朴な人間の味のする持ち味ではないでしょうか。力むことは簡単ですが、普通に接すると言うことは難しいと思います。さて、17日掲載拝読させて頂きました。私のゴルフクラブの友達は平均70歳の人生の大先輩の方々ですが、いくつになってもこの世にご執心です。それはそれで結構だと思いますが、そろそろ如何に死ぬかと言うことも話題になっていいのかなと天邪鬼をきめ込むことがありますが、その辺は阿弥陀様にお任せして、一打に精魂を込めると言うことでしょうか。遠藤 拝

副住職 | 2009年9月26日 08:28

お彼岸はお話しできてよかったです。あれから「我慢」とうことについて自分なりにもまた考えてみました。また次回お話しましょう。

如何に死ぬかということ。これは大きなテーマですね。

如何に死ぬかということは、どうじに如何に生きるかということにもつながってくるかと思います。

でも最後は阿弥陀様にお任せ!とおもえるように生きていけたらありがたいですね。

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